(21)2000.10.3 $ 見捨てる $ ここはとある呑み屋。 「ほんっとに。政治も経済も最悪の国になっちゃったもんだねぃ」 「こう不景気不景気じゃねえ」 「近ごろは政治家ばかりか警官も腐っちまってるし、正義も何もあ ったもんじゃないよねぇ」 「転覆だよ。て・ん・ぷ・く。日本沈没だぁ〜あ」 「ち、沈没……」 「まったくいつ回復するのかなあ」 「……だめかもしれない。」 「え、なんで」 「今思い出したけど、昨日ニュースで、ネズミの姿が全く見られな くなったって言ってたよ。」 (22)2000.10.3 $ 遺伝子の欲求 $ 「人とチンパンジーの遺伝子は全体の2%しか違わないそうだ。 それ以外の哺乳類も似た様なもので、70%くらいの遺伝情報はほ ぼ共通のものだそうだ。ちなみに、 猿の次に人間の遺伝子に近いのは猫だってさ」 「それで?」 「いや、だから親近感があるなぁと思ってさ」 「そんなの言い訳にならないわよ!」 俺が大事にしていたネコミミコスプレ娘の写真をビリビリと引き 裂き目を吊り上げて妻がにじり寄って来た。 鬼と人間の遺伝子は猿よりも近いに違いない。 (23)2000.10.16 $ しろ $ 「おい、知ってるか。 物書きは物語を書いているのではなく物語に書かされているんだ。 つまり何かが未知の世界からこの世に出てきたいが為に作家の手を 借りて動かして物語という形をとって現れて来る。という事だ。 だから物書きは未知の世界に通じるある種のアンテナを持っている とも言える訳だ。 選ばれた種なのだ。 異能者なのだ。 だが、このアンテナも時々感度が悪くなる事がある。 しかしこれはある意味普通人と同じ状態に落ち着いたという事だ。 だから本当はこれで良いのだ。 ああ、これで普通の人間になれた。 という訳で……」 「おい、もうこの作家クビにしちまえ」 (24)2000.10.16 $ 栄養万点 $ 「一時おまえが働いてるハンバーガー屋で、牛肉100%とか言い ながら実はミミズの肉を使っているって噂があったよな。あれ、実 のところどうよ」 「バカ言うなよ。そんな訳無いだろ。ミミズの肉って言やあ原料費 が安くつくから代用してたって言いたいんだろ。うそうそ。デマに 決まってじゃないか。 味は調味料で固めて他のものと混ぜて焼いてしまえば意外と分から ないもんなんだけど、だいたいミミズってのは土を食べてるから仕 入れてきてからまず土抜きをしなければならないんだ。これでまず 2〜3日かかる。その手間ときたら、かえって人件費の方がかかっ てしまうんだ。だから、」 「ちょっと待て。なぜそんなに詳しい」 「……」 (25)2000.10.16 $ お笑い $ 大阪では仕事などでミスをしても取り返しのつく範囲ならウケをと ればなんとなく笑って済ましてくれる事が良くある。そのかわりハズ したら怒り倍増である。 だから最近大阪で役人の不祥事が連発しているのは今の役人達には たまたま笑いのセンスが無かったという事なのだ。 (26)2000.10.20 $ 好景気 $ A君は会社の手となり足となり首になった。 「こんなに尽くしたのに片思いだったのか」 「何の仕事だったんだい」 「死神」 「そりゃあ良かった」 (27)2000.10.20 $ 戦いの末 $ 光の勢力と闇の勢力が戦っている。 光の勢力が優勢な時には地上に生命があふれる。 闇の勢力が優勢な時には地上に死者があふれる。 そして 永い戦いの末ついに光の勢力が闇の勢力を滅ぼした。 その結果 地上では生命があふれ過ぎて住処が無くなり全部死滅してしまった。 (28)2000.11.4 $ 好きなのだもの $ 彼女は私の店で朝からずっと泣いている。 手酷い失恋をしたのだ。 彼女と私は幼馴染で、私はずっと彼女を見守ってきた。 はじめ彼氏が出来たと言われたときにはとてもショックだったが、 彼女が幸せならそれでいいと、私はそっと身を引いた。 ところが相手が酷いやつで、 新しい金持ちのお嬢をひっかけるやいなや彼女を捨ててしまった。 その噂は私のところへもすぐに届いてきた。 それから彼女は1週間家にこもりっきりで外に1歩も出ず、今日 やっと私の店に来たのだ。そして何も言わずに、ただ、 朝から泣き続けている。 まだあの男のことが好きなのだろう。 私はそっと店先にClosedの札をかけておいた。 「なあ明美」 「……」 「試してみるのは自由だけど、愛や金だけでは生きてゆけないぞ。 食べるものを食べないとな」 私は彼女を元気付ける為に店の厨房で料理を始めた。 幼馴染で片思いの私の明美。そら、特製料理だ。 「あら、美味しいわこれ。変わったお肉ね。なんのお肉?」 「おまえの好きなやつさ」 (29)2000.11.4 $ 雷で $ 「日本の自殺者の数は年間3万人以上だ。 これは交通事故による死者の約3倍に相当する。 これだけ競争率が高いとせっかくあてつけがましく自殺しても 新聞の片隅にも載りやしないぞ。 TVで報道されている自殺者は数々の試練を乗り越えて成功し たごく一握りのエリート自殺者なのだ。 おまえって奴はどうにもこうにも取り得がなくて何も出来ない デクノボウだったんだろうが、親にもらったたった1つの命を捨 ててさえも世間の話題作りにすら貢献できないんだ」 それで私をこんな体にしたのか。 「これなら話題独占間違い無し。おまえも浮かばれるってもんだ」 ああ、なんてこった。 せっかくの思いで自殺に踏み切ったというのに、Fシュタイン 博士の末裔が日本に住んでいたとは。 私はもはやこう叫ぶしか無かった。 「フンガー」 (30)2000.11.4 $ らくになる $ あぁ 筋肉と神経のフィードバックが砕けてゆく。 肉体だけでなく精神までもが弛緩するのが分かる。 今日も私は亜酸化窒素を吸い込んでベットに沈む。 日常の激務および日常そのものから開放されるひとときだ。 私は時々意味も無く不安で仕方が無い衝動に襲われる。 言い訳の余地も無い様な恐怖。 そんな時、 忙しく仕事をするか何か熱中できる事をすれば良い。少なくとも、 その間は何もかも忘れられる。と人は言う。 だがそれは間違いだ。何の根本的な解決にもなってはいない。 それは悩みの原因が解消されず、解決しようとせず、ただただ逃 げているだけにすぎない。とも人は言う。 だがそれも不正解だ。 正解は「悩む」という機能が人間にある事こそが問題なのだ。 原因を取り除けば無くなる様な悩みなど私に言わせれば悩みとは 言わない。だから、 私は薬物に頼るようになった。 始めはアルコールだった。その次はシンナー。そしてモルヒネ、 覚醒剤と続いたのだが、最近は年も年だし麻酔薬系をやっている。 これらは「悩む」という事がなんなのかという事を根底から本格 的に分からなくしてくれる。 しかし、ん、 なんだかおかしいぞ。 さっきから心臓が止まりかけている。配合の分量を間違えたか。 なぜ意識朦朧となった脳でそんなことが分かるのか自分でも一瞬 不思議に思ったのだがすぐにどうでも良くなった。 そうだ、考えてみれば薬で心を壊すよりも、この世とおさらばし てしまえば何より考える必要はなかったのだ。 あぁバカだなぁ。ははははは、 …… 「まったくもう、小さいときに聞かなかったかなぁ〜。 こう次から次へと来られたんじゃあ体がもたないよ。 あ〜あ、なんかこうっっっっっっっっっっ 疲れとか悩みとかを忘れさせてくれるイイもんってないかな〜」 残念ながらあれから私は以前とは比較にならないほどの苦渋の日 々を送る結果となってしまった。 「今度生まれ変わって死んでからこっちに来るときには良い薬を持 ってきてやるよ」 私は同じような悩みを持つ者として同情し、さっきからボヤいて いる地獄の鬼に声をかけてやった。 |
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