(131)2001.3.4

$ 陰のヒーロー $

「くそ、
 どいつもこいつも俺のことを足蹴にしやがって。
 中には体重をかけて思いっきり踏みつける奴もいる。
 俺が何したって言うんだ!
 俺が働かなきゃいったいどうなると思ってんだ!
 俺は皆が嫌がる仕事をやってるんだぞ!
 ようし分かった。皆がその気なら俺にも考えがある。
 みてろよ」

 とある駅の一室にて。

「ん、あれ?変だぞ。困ったな。このトイレ、水が流れないよ」



(132)2001.3.5

$ 一躍ヒーロー $

 カランカラン パンパン

「どうかヒーローにして下さい。実現可能な範囲でいいですから」

 今年の正月も良く晴れたいい日だった。

〃勇気ある少年!強盗殺人犯を捕まえる!〃
〃おみごと!誘拐犯を自ら仕留め脱出した人質の少年A!〃
 等々。

 ヒロシは内気で目立たない中学生だ。
 クラスでも何一ついい目を見た事が無い。
 そんな彼はいつも上記のようなシチュエーションを思い描き、そ
の空想の中の主人公になることに酔っていた。

 そんなある日、
 夢のお告げがあった。

「明日、青いジャンバーを着た男が悪事を働く。力を貸してやるか
 らそいつを倒すがよい」

 そんな馬鹿な。とヒロシは半信半疑でいたのだが、
 学校の帰りに公園で発見した。
 青いジャンバーを着た男を。
 考えてみたら青いジャンバーを着てる人間など少ない。夢のお告
げが当たったと考えても良さそうなものだが、そう簡単に信用でき
るものではない。ところが、

 男が懐に手をやった。

〃ま、まさか。〃

 取り出した手には出刃包丁が、

〃うそだろ。〃

 男の行く先には砂場で遊ぶ子供達がいる。

〃そんな訳無いじゃん〃

 血みどろの子供。

「うわーっ!!!!!」

 ヒロシは無我夢中で男に殴りかかった。
 包丁を持った大人相手に無謀かと思われたが、男は1発で大きく
ふっとんでしまった。
 今のヒロシには人外のパワーが宿っているのだ。
 ヒロシは自分の力に確信を持ち、のびている男へ更にもう一撃加
えた。

 ……

〃少年A!通り魔殺人犯を撲殺!〃

 完全な正当防衛という事で、結果的には英雄として報道された。

 ……

「どうしてもっと早く助けてくれなかったの、おにいちゃ〜ん」

「お前は何なんだ〜、何も俺を殺す事なかったじゃないかよ〜」

 それから毎夜毎夜亡霊がヒロシのもとに訪れるようになった。
 ヒロシの迷いのせいで手遅れになった子供と、ヒロシの過剰な
暴力のせいで死んだ男の亡霊だ。
 迫り来る血だらけの小さな顔とぐずぐずに崩れた大きな顔。

「うわわわわ、もう沢山だ。ヒーローなんてとんでもない。平凡
 な毎日でいい。僕みたいなやつは何も考えずにマンガやゲーム
 だけしてればいいんだ。そのほうが幸せだったんだ」

 そこで目が覚めた。

「ぜ、ぜんぶ夢だったのか」

 冬だというのに全身汗びっしょりだ。

 しかし、
 その日の学校の帰りにヒロシは公園で青いジャンバーを着た男
を発見してしまった。

〃うそだ!〃

 男が懐に手をやった。

〃そんな訳無いじゃん〃

 取り出した手には出刃包丁が、

「うわー!!!!!」

 ヒロシは無我夢中で男に殴りかかった。ただし今回は不思議な
力のご利益はない。

・・・・

 次にヒロシが目を覚ましたのは病院の中だった。
 幸いなことに誰も死ぬことは無く、男の罪も傷害罪で済んだ。
 死人が出なかったのでニュースにはならず、〃馬鹿な中学生が
暴れて大怪我をした〃程度の扱いしかされなかった。
 が、
 ヒロシはこれでいいのだ、と思った。



(133)2001.3.6

$ ネットヒーロー $

「人間正体が分からなければここまでするものなのか」

 目の前のBBSには様々な死体や汚物、性器のアップされた写
真画像が所狭しと貼り付けられている。
 そしてメールBOXには意味の無い記号が羅列されただけのも
のがプロバイダーから与えられた許容範囲いっぱいに送られてい
る。添付ファイルはまず間違いなくウィルスだろう。
 これらはパスワードを盗むなどの特殊な技能を必要とせず誰に
でも出来る嫌がらせである。作業自体は単純単調なものであるが、
これで確実にBBSとメール、つまりネット上での主な通信手段
が機能しなくなるのだ。

 これがきっかけで私はネットヒーローとなった。

 一応言っておくがネットアイドルとは全く無関係だ。
 ネットヒーローとはネットで野放しになっている人間の邪悪に
立ち向かう正義の使者なのだ。

 例えば上記の例の様に法律では裁けない、運良く裁けてもごく
軽い処置に終わってまう、などで被害者が泣き寝入りするしかな
いような場合は、犯人の自宅まで赴いておもむろに配電盤を壊し
た後、たちの悪い接着剤で固めて復旧不能にするなどの鉄槌を下
す。

 力が正義、正義が力。ネットヒーローたるものコンピューター
やオンラインなどを味方にしなければならない。
 なので、現在では総てのプロバイダーのホストにハッキングし、
いざという時にはこちらから制御できるようシステムを改造して
いる。
 顧客情報も総て取り込み、事件が発生した場合は即座に犯人の
住所から身長体重趣味星座好きな言葉に至るまでの情報を抽出で
きるよう管理。すみやかに盗聴器やマイクロカメラを設置し、弱
みを握るなどの作業にうつる。
 ついでに、ヒーローは誰も知らない知られちゃいけないので、
架空の住所名前電話番号も豊富に用意しておいた。
 尚、天罰を下す為の道具となる武具兵器毒薬はネット上から購
入。その活動資金は金融関係のオンラインを不正操作して調達。
 等々。
 こうして私はネットの平和を守っている。
 いやあ、良い事をするのは気持ちがいいなあ。



(134)2001.3.7

$ RPGなヒーロー $

 このアイコンをダブルクリックすればいかなるセキュリティーも
突破し、世界中のあらゆるコンピューターに介入できるという伝説
のソフトがあるという。
 このソフトの力を恐れた賢者たちは7つのファイルに分解して世
界各地に分散させて封印した。

 しかし、あるとき世界征服を企む魔王が現れた。
 魔王の放つモンスターウィルスは恐ろしく、また魔王の城(ホス
トコンピューター)のファイヤーウォールも強力で数多の戦士が敗
れ自分のパソコンを初期化するという運命を辿った。

 こうなったらもう伝説のソフトを復活させるしかない。
 そしてここに1人の勇者が立ち上がり、インターネット上のどこ
かのディレクトリに存在するという7つのファイルを探索する冒険
が始まった。

 戦い、出会い、別れ、そして愛。
 勇者はその旅の果てに、ついに7つ総てのファイルを集めること
に成功した。
 が、信じられないことが起こった。
 7つのファイルを結合させた後、念のためにウィルスチェックを
かけたのだが、なんと、
 伝説のソフトはウィルスバスター2000に駆除消去されてしま
ったのだ。
 プログラムそのものが古すぎて現在のセキュリティーには対応で
きなかったのだろうか。
 途方にくれる勇者。
 自分の無力さと散っていった中間達のことを思うと熱いものが頬
をつたった。

 その時、奇跡が起こった。

 突然ハードディスクがカリカリ鳴ったかと思うと

「勇者よ」

 という文字がディスプレイに表示され、続いて魔王のホストコン
ピューターに進入する為のパスワードが現れた。
 伝説のソフトに込められた正義の「想い」が勇者の涙に呼応して、
死してなお最後の力を振り絞りハッキングを成功させたのだ。

 ・・・・

 こうしてめでたく魔王の野望は阻止され、平和が取り戻された。
 そして勇者は新たなる冒険へと旅立つのであった。
 ちゃんちゃん。



(135)2001.3.8

$ 悪のヒーロー $

「破壊衝動、殺意、暴力、競争意識、その他あらゆる醜いとされて
いる欲望。
 これらは進化の過程で個が生き残る為に必要とされ、つちかわれ
てきたものだ。
 しかし世の中は一様にこれらを「悪」と呼ぶ。
 バカじゃないのか。
 あたかも無欲が完全なる善で崇高なものであるかのように決め付
けている。
 そして愛だ愛だとわめく。
 愛とはただの甘えだ。甘えとは人間の精神の中で最も弱い部分を
指して言う言葉じゃないか。それを「愛」だなどとすりかえて体裁
を整えている。あるいは単にヤりたいというだけの性欲を正当化す
るものだ。
 だから俺はノロマで善人面した人間よりも悪人の方が好きだ。
 欲にまみれた悪党どもの方が力強くて100倍頼もしい。
 まったく奴らは生き生きとしていて生命力に溢れている。
 だいたい世の陰で歴史を動かしてきたのは常に悪の力だ。
 そんなこともおまえは分からないと言うのか!
 おまえも悪なんだ。他の奴らも皆悪なんだ。悪がなければ世界は
成り立たないんだ!!」

 と叫んだのだが、怪人の口からはガオ〜としか言えなかったので、
正義の味方に理解されるはずもなく、サクっと退治されてしまった。



(136)2001.3.8

$ 弾丸を避けるヒーロー $

「こうだ」と決めつけることが、
 最も自分の才能をダメにしてしまう原因である。

 私の能力は「視力」とそれに連動した「精神的時間歪曲」である。
 視力とは文字通りの能力である。
 意識を集中するとどんなに小さな物でも遠くにある物でも見るこ
とが出来る。
 中でも動態視力が特殊で、拳銃の弾丸ぐらいなら止まった様に見
えることもある。
 そして精神的時間歪曲とはその動態視力の度合いに応じて時間が
スローに感じるというものである。
 普通の人でも緊急時にはアドレナリン等の影響で同じ様な現象が
起こるが、私の場合はそれが異常に発達したものだと思ってもらえ
ばいい。ゆえに、
 迫り繰る弾丸などは「見てから避ける」ことが出来る。

 ところがそんな私でも悩みの種があった。
 それはレーザーガンだ。レーザーガンには手も足もでないのだ。
 あれは「光」なので「見える」ということはもう既にその殺人光
が自分のところまで到達しているということなので「見てから避け
る」ことはさすがの私でも不可能だ。
 よく漫画や映画で光の帯が飛んで行くのが見えたり、それを見て
から避ける主人公がいたりするが、あんなのは全部嘘だ。現実はそ
んなに甘くは無い。物理的に絶対に絶対に不可能だ。

 と決めつけていた。のだが、
 ついにレーザー光をも「見てから避ける」ことが出来る様になっ
た。能力が進化したのだ。それは、
 数瞬先の弾道が見えるようになったのだ。
 ある種の予知能力のようなものだ。
 これでレーザーガンも恐く無い。
 今までは「こうだ」と決めつけるあまり、能力が発展しなかった
のだ。
 が、今は違う!
 ふはははは、待っていろよ。悪党ども。
 皆この私が成敗してくれる。

 ……

 しかしこのヒーローはしばらくのち、爆弾を使う怪人と戦って倒
されてしまった。
「こうだ」と決めつけるあまり「見えたところで避けられない」攻
撃もあるというところまで発展しなかったのだ。



(137)2001.3.12

$ 低姿勢のヒーロー $

 今日もいつもの様にゲーセンで遊んでいた。
 すると、外からけたたましいクラクションの音が飛び込んできた。
 見てみると、駐車している仲間の車が邪魔で通れない形になって
いるようだ。
 仲間はすぐに車を脇に寄せた。が、事はこれで済まなかった。
 相手の車は微動だにしないのだ。
 そして再びクラクションを鳴らした。
 何故か、
 それは、仲間の車が脇に寄せたとはいえ、まだほんの少し相手の
進行方向を邪魔しているせいなのだろう。
 それは相手が避けて通れば良いだけの事なのだが、それすらも許
さないつもりらしい。
 このクラクションは高慢にも「完璧にどけろ」の合図なのだ。
 これで仲間の方もカチンときた。
 車のフェンダーガラス越しに睨み合い、抗戦状態になった。

 それを見ていた他の仲間は見てみぬ振りを決め込んでいたが、
 俺はいざとなったらいつでも仲間に加勢するつもりだ。
「もめごとはゴメンだ」
 などという他のやつらとは違うところを見せてやる。

 長く思われる沈黙の後、3度鳴らされたクラクション。
 もう限界か、見かねた俺は1歩身を乗り出した。
 その時、
 別の1人が飛び出して2台の車の間に割って入った。
 そいつはペコペコと2人の運転手に謝りながら、仲間の車をもう
ほんの少しだけバックさせて、次に極々低姿勢で相手の車にすまな
いがこれで許して下さいという旨を伝えて通らせた。
 俺はそれを見て目から鱗が落ちた。

 ああ、これが本当のヒーローなんだ。

 俺はそう思った。
 なにも力で解決するばかりが能じゃない。
 もめごとに巻き込まれる事もいとわないと言えば聞こえは良いが、
これは裏を返せば良い格好をしよう等ということ、つまり一種の見
栄や虚栄心の表れだ。
 この様に暴力等で解決した場合、メンツを保つ事は出来るがそれ
と引き換えにどんな形にせよ遺恨が残る。
 しかし、今の彼がとった行動は別だ。
 自分1人の面目と引き換えに総てを丸く収めたのだ。
 その自己犠牲こそが本当の勇者の証なのだ、と俺は思った。
 同時に自分の浅はかさを恥じた。

「やるじゃないか」

 俺は尊敬の念を込めてそいつに一声かけた。

「謝るだけタダだしね」

 なんて気持ちの良い奴なんだ。

「それに……」

 ガシャン、ドカーン!

「な、何だ!???」

 何かがぶつかったような音と爆音が、ま、まさか。
 音のした方に駆けつけてみると先ほどの車が突き当たりで、大き
な段差の下にある浅瀬のドブ川に落ちて炎上していた。

「仲裁に入る前にこっそり忍び寄ってブレーキパッドにエンジンオ
 イルをかけておいてやったのさ」

 ブレーキが利かなくなった例の車はカーブで曲がりきれずに下に
落ちたのだった。
 俺は再び自分の浅はかさを恥じた。



(138)2001.3.13

$ ウルトラヒーロー $

 彼は宇宙から来たと言う。
 そういえばいつかテレビで見た宇宙人のグレーに似ていなくもな
い。
 彼は白銀の体で空を飛び手から光線を照射する。
 強くてたくましい典型的なヒーローだ。
 しかし何の間違いが起こったのかヒーローは残忍な殺戮を始めた。
 そしてここにも1人、そのヒーローに目をつけられて、今まさに
生命の危機にさらされているの少女がいる。
「貴方は正義の味方じゃないんですか」

 少女は泣きながらうったえた。
 するとヒーローは不気味な笑みを浮かべてこう言った。

「私は正義の味方なんかじゃない。人間の味方なんだ」

 そして何の罪も無い怪獣を殴り殺した。



(139)2001.3.14

$ 疲れたヒーロー $

 何故こうも次から次へと悪の魔人が絶えないんだ。
 もう疲れたよ。俺は。
 だいたい日夜死ぬ思いまでして守ってやるだけの価値があるのか。
 汚職、いじめ、不倫、窃盗、強姦、破壊、殺生、誘拐、薬物、、、、
 人がこれだけ苦労してるってのに、ろくなことをしないじゃない
か、こいつら。
 くそ、だんだん腹が立ってきた。
 や〜めた。やめ。やめやめ。
 明日からこの能力を使って面白おかしく暮らしてやる。
 みてろよ人間どもめ。

 こうして次から次へと悪の魔人が絶えず現れるのであった。



(140)2001.3.15

$ 勝ち抜くヒーロー $

 400年前の大魔怪人を復活させようという怪人グループが現れ
た。
 これを阻止すべく我らがヒーローが立ち上がった。
 そうはさせじと迫り来る怪人ども。
 次々に迫ってくる敵を必殺技でやっつけるヒーロー。
 しかし戦いは思いのほか長期戦になり熾烈を極めた。
 怪人どもは次第に強力になっていった。
 それに伴いヒーローも強くなっていった。
 過去に1度倒したボスキャラも今ではやられキャラだ。
 互いの必殺技は当初では思いもよらないほど進化した。
 必殺技のインフレだ。
 しかし、
 その戦いもついに終焉を迎えようとしている。
 ヒーローは怪人グループ最後の1人にとどめをさした。

「グゲェェ〜!!
 俺の命はもうこれまでだ。だがな、これを見ろっ!」

 なんということだ。
 怪人グループは全滅させたものの、すんでのところで伝説の大魔
怪人の封印を解かれてしまったのだ。

 大地が地獄の唸りを上げて大きく裂けた。
 大気が爆音を発し砕け幾条もの豪雷が襲った。

「ムホォォォォオオオオオ!!!」

 出た!大魔怪人の復活だ。
 いったい我らがヒーローはどうやってこの化物を倒すというのか。
伝説では400年前、7人の勇者が力を合わせて様々なアイテムを
どうにかしてもこいつを殺す事は出来ず、封印を施すのがやっとだ
ったという。

 この絶望的な戦いに勝算はあるのか!

 どうする僕らのヒーロー!!!

「とりあえずビ〜ム」

 ドカーン!!!!

 大魔怪人は死んでしまった。

 必殺技のインフレ化現象が進んだ結果、400年前の技しか使え
ない者などすでに敵ではなくなっていたのだ。
とさ。




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