(161)2001.5.12

$ 寂しい人間 $

 大学時代の思い出といえば電車に乗っていたことだけだ。
 僕は毎日片道2時間半電車に揺られて通学していた。
 もともと人付き合いが苦手なので、ただ講義を受けて長い長い通
学路を経て家と大学を往復する毎日を送っただけである。
 皆は口をそろえて

「おまえのような寂しい人間はこの世の中生き残って行けないぞ」

 と言う。
 そうかもしれないと思った。
 のだが、

 ある日、地獄の世界で地殻変動が起き、その世界の一部がこの世に
はみ出した。同時に凄まじい妖気と鬼気が世界に溢れ尋常ならざる荒
涼とした「雰囲気」が世界を満たした。
 もっと具体的な言葉で表現すると、それは生命が無いが故に途方も
なく強烈な、あの世の「寂しさ」であるとか「悲しさ」であった。
 常人はその異様な気にあてられて狂い死にするか自ら楽な方法で命
を絶って逃れた。
 まあ、その結果天国の方に行ければ良いのだが、
 地獄に落ちたら元の木阿弥だというのに。

 とにかく、普段から孤独と手をつないで生きていた僕のような「寂
しい人間」だけは特にどうとなることもなく、今も無事この世で生き
長らえている。



(162)2001.5.14

$ 虐げ $

 今まで大衆は「オタク」と言って差別し見下してきたが、
 パソコン、ネットの普及やゲーム、マンガ産業がもうどうしよう
もなくバカに出来ないレベルになってきた今、
 そのオタクと呼ばれた者達を一概にバカに出来なくなり、ともす
れば逆にバカにされかねない状況になってきた。
 そこで大衆は新たに「ひきこもり」という単語を編み出した。

 オタクは趣味が偏っている人で、その為世間知らずであったり、
ファッションに疎いという傾向が強いのでバカにするのに格好の餌
食だったのだが、その反面、その趣味の範疇で常人より優れたモノ
を持っている者もおり、意外と活動的な部分もあった。
 これが普通の人にとっては面白くないところである。
 そこで「ひきこもり」だ。
 これはオタクと呼ばれた人たちの中、或いは普通の人たちの中で
も、ほとんど活動的でない者を探し出して虐げる差別用語である。
 これなら反撃を食らう可能性が極めて低い。
 明らかに形勢が優位な状態から攻撃できる。
 無抵抗の者を大勢で一方的に虐殺する。

 これが「いじめ」であり「差別」である。

 しかし、攻撃する側は自分が悪者であることを認めたがらない。
 いかなる卑怯な手を使い人道に反した行為をとろうと、あくまで
自分は正しい方の人間なのだという立場を欲する。
 だから、世の悪の根源を何が何でもひきこもり傾向であることに
こじつける。よく使われる1例として、

「そして、その少年の部屋にはTVゲーム機があった」

 などとか言う。
 これが一昔まえなら

「そして、その少年はテレビばかりを観ていた」

 などと言っていた。
 結局理由は何でもいいのだ。

「いったいなんでこんな大人ばかりの世の中になってしまったんだ
 ろうな。」

「それは、いつも5人くらいで1人をやっつける戦隊もののヒーロ
 ー番組を観て育ったからじゃないですか」

「……テレビですか」



(163)2001.5.15

$ 真面目 $

「真面目なだけがとりえです。根は優しい性格なんです」

 訳「何も取柄が無くて気が弱いんです」



(164)2001.5.16

$ 不細工 $

「悪いけどあなたなんかお呼びじゃないの。自分の顔を鏡でごらん
なさいよ。まったく」

「そんなこと言うなよぅ。人は見かけじゃないんだよぅ」

 そんな哀願も空しく男はフられてしまった。
 男はお世辞にも格好が良いとは言えない風貌で、それが原因で今
まで1度たりとも彼女ができなかった。

「ぐすん。不細工の気持ちなんか誰も分かってくれないんだ。もし
おいらが生まれ変わったら人を見かけだけで判断するような事はし
ないのにな」

「よ〜し。でわ、おいらがあんたの悩みを解決してやろう〜」

 奇跡とはいつも突然起きるものだ。
 神様が男の姿を化えてくれた。
 その後。

「そんなこと言わないで、人は見かけじゃないわ」

「悪いけどおまえなんかお呼びじゃないんだよ。自分の顔を鏡で見
てみろってんだ。まったく」



(165)2001.5.17

$ 食べ頃 $

「よく何でもかんでも新鮮な方が美味いと人は言うけど、本当は腐
りかけの時が最も食べ頃なんだ。
 バナナとかの果物なんかはその頃合の方が甘味がずっと増すとい
うのはよく知られているけど、例えば肉も同じことが言えるんだ。
時間が経つとたんぱく質が旨みを構成する様々なアミノ酸に分解さ
れるんだよ。
 牛肉なんかでもだいたい落としてから10日から2週間ぐらいお
いた方が良いとされている。
 あと鴨とかでも撃ってから軒先に吊るして置いて、目に蛆がわく
ぐらいの時が食べ頃だとも言われてるんだ。
 ここで注意しないといけないのは、腐ってしまったらだめなんだ。
 腐ってしまう手前のところが良いんだよ。腐ってしまう直前がね。
 なんでも若くて新鮮なのが良いなんて言う奴は物事が分かってな
い奴らの言うことなんだよ。
 本当の食べ頃は腐る前なんだ。腐る前ね」

「もうっ、さっきから腐る腐るって言わないでよ!」

 熟年カップルの宗次郎のプロポーズは失敗に終った。



(166)2001.5.18

$ 迷惑な人 $

「こいつは精神的にも物質的にも自分の利益しか考えていない。だ
から、人にどんな迷惑をかけても、周囲の人がどんなに困っていて
もちっとも気にしない。
 そいつはそのときの気分や欲望で直ちに行動に移ってしまう。
 後悔したり自責の念にかられたりしない。たとえ後悔してもすぐ
に忘れてしまう。だから人に迷惑をかけても平気だ。
 あいつは社会生活上さまざまな失敗をしたという経験からも反省
が生まれず進歩もない。いつでも同じような困る行動を繰り返す。
 どいつも迷惑なやつばかりだなあ」

「ほんとだね、ぼくも、自分の性格上の欠点や行動のまずいところ
を認識しないで、自分の行動に責任をもとうとする姿勢がなく、周
囲の欠点だけを誇大に認識する、って人を知ってるよ」

「だろ?まったくだよな。みんな分かってないよな。
 よしっ、今日は呑みに行こう。朝まで付き合ってもらうよ。
 いいや、嫌って言ってもダメだよ、もう決めたんだから。困った
なんで言わせないよ。
 えっ、明日仕事?前にも呑み過ぎて遅刻したじゃないかって?
 いいのいいの、さあ行くよ。君のおごりで」



(167)2001.5.19

$ 餌 $

 学生の頃は経済的事情や部活や勉強などで特に派手な遊びも出来
ずにそこそこ真面目にやっていたものだから、娯楽や暇つぶしとし
て創作活動、物語を書くとか絵を描くとか音楽をするとか、が大き
な位置を占めていたのだが、大人になって色々な遊びを覚えてしまっ
たらもう物を創るという行為もたいして面白くなくなってしまった。
そうして喜びを忘れ、感性も錆び、何も考えない、見ない、聞こえ
ない人間になってしまった。
 今はただ消費することにしか楽しみを見出すことができない。

「という訳なんだ。俺はダメな人間になってしまった」

「何を言ってるんだ。それもまたおまえさ。何も恥じる事は無い。
 共に創作活動を続けてきた同志だからこそ俺はおまえという人間
 を良く知っている。創作がなんだ。消費がなんだ。
 クリエイターが偉くてそれ以外の者が偉くないとでも言うのか。
 そんなのおかしいじゃないか。何も気を落とすことなんかないさ。
 くよくよする必要など微塵も無い。頑張れ」

「そうか、おまえがそう言ってくれると俺も救われた気分だよ。
 クリエイティブな事が出来なくなってしまっても見捨てないで
 くれてありがとう。本当にいい奴だな」

「いや、なんのなんの」

 ふはははは、馬鹿め。俺たちクリエイターはおまえのような消費
者を食い物にしているんだ。消費者が増えれば増えるほど餌場が広
くなると言うものさ。おまけにライバルも1人消えて一石二鳥だ。
慰めるだけタダだしな。さあ脱落してくれたまえ。あはははは。



(168)2001.5.20

$ どうどうと $

「このゲーム機は弟のなんだ、とか言って言い訳がましいことを言
う奴っているよな。僕はオタクじゃないからね、と主張したいんだ
ろうけど、逆に見苦しいぜ。
 もっと、こう、どうどうとしてろよって感じだよな」

「う〜ん、そうだね。そんなふうに何だか分からないけど後ろめた
いような意識を表すからよけいにダメになるんだろうね」

「だろ?
 もっと、こう、俺みたいにど〜んとさ、普段からゲームキャラの
コスプレに身を包んで、ストラップキーホルダーを最低20個は腰
にぶら下げ、ところかまわず必殺技を叫ぶぐらいの気合がなけりゃ
な。逃げも隠れもしないぞ!って感じでさ」

「いや、おまえは逃げて隠れてくれ」



(169)2001.5.21

$ 悪い人相 $

「女の子の絵ばっかり描いてたら男の絵が描けなくてさ。なんか、
悪役のオヤジとかの参考になる資料みたいなのないかな」

「そんなの簡単だよ。新聞に載ってる写真で充分さ。新聞には人相
の悪い奴の顔しか載らないからさ。
 凶悪だったり人間のクズだったりする犯罪者とか、政治家とか」



(170)2001.5.22

$ こんにちは $

「あの、ここから先に行けるって聞いたんですが」

「ああそうだよ」

「いったいここから先はどんな世界なんですか」

「そうだな。皆自分勝手で思いやりなどなく、隙さえあればずるい
ことをしようと目論んでおり、そのくせ他人の些細な悪事には敏感
でいつまでたっても恨みや妬みを持ち続けている者ばかりだ。
 弱い者を苛め、弱い者は更に弱い者を苛め、自分の保身にのみ努
め、ちっぽけな見栄や優越感にしがみついている。基本的に他人を
傷つけたり嘘をつくことを何とも思っていない。他人には厳しいが
自分には甘く、その口からは常に不平不満愚痴愚問が発せられてい
る。義務は怠るが権利はがめつく主張する。いや、最近では権利す
らも他人任せで誰かが何とかしてくれると思っている者も増えてい
る。時折何かの受け売りで一見たいそう御尤もな事を口にする者も
いるがその内容はやはり薄っぺらく、結局は言い訳や自己正当化若
しくは感違いや自己顕示欲の材料にすぎない。
 まったくマヌケな者ばかりの世界さ。
 ついでにもう1つ親切で言ってやるが、今この先の世界は人が不
必要に一杯であまり歓迎はされないな。せいぜい自分達の得手勝手
な都合に良いことにのみ利用されるだけさ。素直に言う事を聞く者
はある程度歓迎される可能性はあるかもな」

「じゃあやっぱりやめときます」

「ああそれがいいかもしれないな」

という訳で赤ちゃんの出生率がどんどん下がっている。




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