(191)2002.4.14

$ 転落死 $

 彼女の高所恐怖症ぶりは異常だった。

「窓から下に引きずり込まれるの」

 そう言って、たとえ1階建の建物でも窓の方へ近づくのを拒んだ。
確かに、高い所から下を覗き込むと吸い込まれそうになる感じがす
る気持ちは分からないでもないのだが、彼女の場合それが異常だっ
た。
 まあそれが高所恐怖症というものなのだろうか。
 しかし、不思議なことにどんなに高い所でも、窓が無い、或いは
開かない窓の建物の中なら平気だった。

 ある時、
 仲間同士で飲みに行ったときのこと、彼女はお喋りに夢中になり、
いろいろと席を立ち替わり入れ替わりしていた。
 私は少し脅かしてやろうと思い、彼女が窓際の席に座すように誘
導した。その後、そのことを告げてやった。
「ぎゃあああああああ」

 突如、
 彼女が絶叫したかと思うと、窓の外から誰のものとも知れない腕
が伸びてきて彼女を窓の外へと引きずり落としてしまった。

 あまりにも突然の出来事だったので、皆唖然となってしまったが、
ここは1階のなので大事はなかろうと、しかし、恐る恐る、私は窓
の外から下を覗いた。が、

 そこには全身の骨がぐしゃぐしゃに砕け血まみれになった彼女の
死体があった。
 まるでとてつもなく高いところから転落したかの様に。
 私は何が起こったのか全く理解が出来なかった。いや、誰も理解
は出来まい。

 しかし、1つだけ確かなことがある。それ以来私は絶対に窓際に
は近づけなくなったということだ。
 あの得体の知れない腕が今も窓の外に見えるのだ。


(192)2002.4.15

$ 声騙し $

〃こういう時にはバックミラーなど見ないのが鉄則だ。〃

 深夜のバイパスで私は車の速度を上げた。
 しかし私がアクセル全開で車を運転する理由は単に爽快感を得た
いが為ではなかった。
 ほんのさっきの事なのだが、
 道の脇に薄気味悪い老婆が立っていたのだ。
 そしてその横を通り過ぎようとしたときのことだ。老婆は私の車
めがけて走り寄って来たのだった。
 ただし、ぶつかったり轢いてしまった訳ではないので、通常であ
れば単にびっくりしただけの話で済むのだが、時間も時間だし、私
はその老婆が車に迫る速度で走って追いかけてきているのではない
かという妄想に取り付かれてしまったのだ。
 それはいかにも怪談でありがちなシチュエーションではないか。

 が、そんな妄想も一瞬にしてかき消された。

「そこの車、止まり無さーい。制限速度をオーバーしています」

 パトカーだ。赤いパトライトの光が近づいてくるのがバックミラー
を見ずとも車の車体に乱反射するおかげで分かる。
 まったく、私としたことが子供じみたことをしたものだ。免許の
点数はまだ心配ないが、罰金は痛いな。
 驚くぐらい急に現実の世界に引き戻された私は大人しく車を路肩
に寄せて止めた。
 しかし、だ。
 私は車の外をみて愕然とした。
 あの老婆がすぐ目の前に立っているではないか。
 赤い赤い人魂の群れと供に。


(193)2002.4.16

$ 醜い心 $

 1人の少女が人里はなれた山中で醜い醜い子鬼と出会った。
 少女は驚いてすぐさま逃げ出そうとしたのだがその背後から世に
も情けない声で、
「おおーうい。待ってけろー」
 と子鬼が呼び止めた。
 少女はそのあまりのも情けなく弱々しい声色に思わず足を止めて
振り返った。
 見ると子鬼はゴミまみれでよたよたと歩み寄ってくるところだっ
た。
「ちょっと止まって!」
 少女が制すと子鬼はビクッと身震いして立ち止まった。
「お、おらは悪い鬼でねえだよ。」
 しかし少女は用心して子鬼を足元から頭の先まで観察した。
 少女と目線があった子鬼は申し訳なさそうに目線をそらしてもじ
もじとしている。
 よく見ると、この子鬼はただゴミにまみれているのではなく、草
の蔓や長い葉などを絡げ合わして作った袋のようなものに山で拾い
集めた様々なゴミを入れてぶら下げているのだ。
「私に何のようなのよ」
 少女に問い掛けられると子鬼は自信なさげに1歩たじろいで、
「さ、さっき、お菓子の空になった袋を捨てただ」
「それがどうしたのよ」
「おらは、鬼だ。確かに醜い鬼だ。しかし、最近の人間達はどうだ。
 自然は破壊するしゴミは捨てるし。おらは確かに醜い姿をしてい
るが今となっては心は人間たちより綺麗だ。この綺麗な日本の自然
を愛してるだ。あんた達の方が化物だ。う、ううう、か、返してく
んろ〜。おらたちの自然を。
 あまりの人間たちの酷さを見て、おらたちは心を入れ替えて山ん
中のゴミを掃除してただ。そしたら、なんだか分らねえ毒に犯され
ておらのおっかあは死んじまっただ。おらの足もこれこの通り自由
に動かなくなっただ。それでも山は、この山だけは綺麗に綺麗にし
ようと必死なんだ。
 そ、それを、それを。おっかあとおらの足をかえしてくんろ〜」
「わ、わわわ、わかったわよ。さっきのゴミは持って帰るわよ」
「いんや、ついでにこのゴミもいっしょに持って行ってくんろ。お
 らが町まで下りるとよってたかって皆で虐めるだに」
 そう言って小鬼は持っていたゴミを少女に差し出した。
 こんな話を聞かされては少女も断る訳にはいかず、しぶしぶ受け
取ることになった。
「これと、これと、これだ。はい。あんりがと。あんたは人間の中
 でも良い人だ」
「どういたしまして」
「あ、それと」
「なによ。まだ何かあるの」
「さっきの話全部うそ」

 ガブリ、ゴキン、ベキバキボキ、ブシューッ。ドサッ。


(194)2002.4.21

$ 奇怪な着メロ $

 私の携帯電話はときどきおかしな歌が流れる。
 それにはある一定の法則があり、

 私に何か不幸があった日の夜にその歌は流れる。

 その不幸の内容は、会社で嫌な事があったという程度のささいな
事から、本当に身内に不幸があったときまで様々だ。
 とは言うものの、もう一方で、それはこじつけである、とも私は
自分自身で思っている。冷静に考えてみれば、

 あらかじめ登録されている着メロの中の1つが何かの拍子に勝手
に鳴り出してしまう

 というだけの現象である。単なる故障である。
 が、しかし、
 ある日、私が友人たち数人とスキーに行った時のことである。
 吹雪明けの晴天で非常に気持ちが良かったのだが、その天気が問
題だった。
 突如雪崩が巻き起こったのだ。
 そして私はその雪崩に飲み込まれてしまった。
 なんとか即死は免れたものの手足がしびれて動かない。声も出な
かった。呼吸だけがなんとかできた。

〃誰か助けてくれ〃

 私は必死になった。だが何もできなかった。
 唯一の望みといえば、視界が真っ白であるということから、かな
り浅いところに生き埋めになっていることが分かったことだ。
 きっと手を伸ばせば雪の上に這い出せるに違いない。
 しかし、もう体が言うことを聞かなかった。
 そのうちだんだんと体中の感覚がなくなってしまい、もう死ぬん
だなと覚悟したときのことである。

「ネンネシナー。ネンネシナー」

 例の携帯電話の着メロが鳴り出した。
 そういえば人間は死に逝く時、聴覚だけは最後まで残るというが、
 ……
 そうだ、子守唄だ。この音楽は子守唄だった。
 そして、
 やはりこの携帯電話の着メロは私の身に不幸が起きた時に鳴るの
だ。
 私はこの期に及んで故障ではなかったことが決定的に分かった。
 なぜなら、この雪山に来る途中、受信エリアの圏外に出てしまう
ので、この携帯電話の主電源は切っておいたのだから。

「ネンネシナー。ネンネシナー」

 薄れゆく意識の中で、この着メロがいやに大きく鳴り響いたよう
に感じた。

 ……

 次に私が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
 幸いにもあと1歩のところで駆けつけて来てくれた救助隊員に掘
りおこされたのである。
 なんでも携帯電話の着メロが鳴っていたおかげで生き埋めになっ
ていた私が発見されたそうだ。
 その後、家に帰ってから、親父にその話をしてメロディーを口ず
さむと、こう答えた。

「それはお前の死んだ母親がいつも歌っていた子守唄だよ」


(195)2002.10.15

$ 養分 $

「この島は魚も美味いし、野菜も果物も美味いなっ」

「ああ、この島では半分が土葬で半分が水葬なんだよ」


(196)2002.10.15

$ 首 $

「生首って切り落とした後もすぐには死なずに、少しの間は意識が
 あって目が見えているらしいぜ」

 旅行先でたまたま通りかかった首塚でヒサシは知ったかぶりに大
声で話しだした。

「やめろよこんなところで」

 不謹慎だと注意する友人を怖がっているのだと決め付けてますま
す面白がりはしゃぐヒサシ。

「でも喋るのはむりなんだ。声というのは肺から押し出された空気
が喉のところにある声門を震わせて発生するものだからね。
 だから生首がしゃべるっていうのは不自然なんだ。
よく物語で生首がしゃべったりするシーンがあるけど、あんなの全
部むちゃくちゃなんだ。
 でも、しばらくの間生きていて目も耳も聞こえるのは確かなんだ
よ。僕は知ってるんだ」

「もう、いいかげんにしろよ」

「はは〜ん。怖いの。こんな話。あ〜あ、生首になった瞬間ってど
んな気分なんだろうね」

 そう言って、ヒサシは首塚にタバコを捨てた。
 その瞬間、

「教えてやろう」

 ズバンッ!

 どこからとも無く不気味な声が響き、巨大な刃が一閃した。
 続いて、
 視界が奇妙なゆれ方をし、
 風景が見慣れないアングルでヒサシの目に飛び込んできた。

〃それみろ、首がとんだ後少しの間は意識があるじゃないか〃

 ヒサシは自論が確実に正しいということが証明できたが、誰にも
そのことを告げることが出来なかった。


(197)2002.10.15

$ 金庫 $

 突然大きな地震が襲った。
 その時男は目の前にある小さな防振耐火金庫の中に飛び込んだ。
 この金庫は建物が崩れ落ちてきてもびくともしないし、火事が起
こっても中は常温が保たれるしくみになっている。
 男が金庫のドアを閉じたその直後、強烈な地鳴りと轟音が唸りを
上げ、圧倒的なコンクリートの質量が崩れ落ちてきた。
 ビルが崩壊したのだ。
 間一髪だった。

 数分後、
 静かになり揺れがおさまった。
 その時男はふと我にかえり、深刻な問題に気付いて恐怖した。

〃ドアが開かない〃

 金庫というのは中から開けられるようには出来ていない。
 ろくに身動きも出来ないこの空間で飲まず食わずのまま、いや、
 密閉されて限られた少ない空気だけで、いったい何時間生きるこ
とが出来るというのだろう。
 地震によるビルの崩壊で即死することはまぬがれたが、このまま
では死に至るのは時間の問題だ。
 これは、はたして生き残ったというのだろうか。
 今さっき死ぬのと、その数時間後に死ぬのとで、その違いに意味
はあるのだろうか。
 これから数時間のうちに経験することはどこにも反映されないし、
誰の記憶にとどまることもない。まったくの無意味だ。
 男は絶望に打ちひしがれた。
 そして、死ぬのと気が狂うのとどちらが先だろうか、などと考え
だした時だった。

 ガンガンガン
 ガンガンガン

 金庫を外から叩く音が聞こえた。
 複数の人の気配がする。

〃助かった〃

 ガンガンガン
 ガンガンガン

「おーい誰かいるのかー」
「生きているのかー」

 分厚い扉越しにこちらを呼ぶ者たちがいる。
 思いのほか救助隊が早く駆けつけたということか。
 男は泣いた。
 泣きながら内側から扉を叩き返し、喉も裂けよと力の限り大きな
声を張り上げて返事をした。

ガン、ガギッ、ギギギギギギギ、ギィィィィィイイイイ

 そして、ついに鋼鉄のの扉がこじ開けられた。

「なんだ、生きているのか。殺してしまえ」

 ドアの向こうには、瓦礫に押し潰され血みどろになって死んだ者
たちの悪霊が大勢恨めしそうしに待ち受けていた。


(198)2003.01.26

$ どろんこ遊び $

 20年ぶりの正月に田舎へ帰ってきた。
 幼馴染の栄子ちゃんとよく遊んだ沼地は、20年経った今でも変
わりなくそこにあった。
 ここにくると嫌な記憶が蘇る。
 あれはこの土地を離れる前の日のことだった。

「栄子ちゃん。そーれ」
「いやん、健二君のばかー」

 私たちは2人で泥遊びをしていた。
 そして、最後にはかくれんぼをしたのだった。
 丈の長い草むらが多い沼地だったので幼い私たちにとっては隠れ
る場所に事欠かなかった。

「まーだだかい」

 とぷん。

 私が鬼の時、急に栄子ちゃんの返事がしなくなった。
 一瞬妙な物音がしたかのように思ったのだけれど、とにかく私は
栄子ちゃんを探してはみた。しかし、全く見つからなかった。
 気にはなったが私はそのまま帰ってしまったのだった。

 結局あれからどうなったのかは分からずじまいなのだ。
 ただ、なんの連絡もなく、騒ぎになったという噂もニュースもな
かったので、きっと勝手に帰ってしまったのだと思う。
 その様に、
 昔の思い出に足を止められて今も変らぬ沼地をながめていると、

「健二くぅーん」

 沼地の方から私の名を呼ぶ声が聞こえた。
 見るとそこには泥まみれになったグズグズの子供の腐乱死体がこ
ちらに向かって歩いてくるではないか。
 ば、ばかな。

「次はあなたの順番よ」


(199)2003.01.27

$ 自殺者の念 $

 男は残業で仕事が深夜にまで至ってしまった。
 もう電車は無い。
 不景気で会社からはタクシー代もでないのでこのままここで夜を
明かそうか、等と思ったその時、
 突然強烈な気配を窓の外に感じて、男は顔をそちらに向けた。
 するとまさにその瞬間、窓のすぐ外を人がまっ逆さまに落ちていっ
た。
 その時、男は確かに落ちてゆく人物と目が合った。
 自殺する者の想念とはこれほど強力なものなのだろうか。
 一切の前触れもなく何の関係も無いこの男を振り向かせたのだか
ら。
 何か死ぬほどの伝えたいことがあったのだろう。

 男は慌てて窓に駆け寄って下を見下ろした。
 しかし、不思議なことにいくら身を乗り出して目を凝らしてみて
もビルの下には有るはずの死体が無かった。
 あれ、おかしいなと思ったその時である。
 頭の後ろから、
「道連れになってくれてありがとう」
 そう声が聞こえたと同時に、猛烈なスピードで上から落ちてきた
者に激突し、男はまっ逆さまに遥かビルの下まで転落してしまった。
 無論、助かりっこない。


(200)2003.01.28

$ 親心 $

「たまには帰っておいで、おまえの大好きなコロッケいっぱい作っ
 て待っとるから」

 仕事が本当に忙しくて実家に戻れない生活が続いている。
 それにしても最近親からこういった電話がしょっちゅうかかって
くる。

「仕事が忙しいんならしかたないがねえ。ええんよ。がんばりや。
 あんまり無理せんとなあ。こっちのことは気にせんでいいから」

 気にせんでいいとか言いながら頻繁に電話がかかってくるのは
気にしてほしい証拠である。
 子ばなれできない親を持つと気をとられて仕方が無い。
 私は少ない休暇を返上して1度実家に帰ることにした。

 実家に帰るとまず一番にできたてのコロッケの薫りが出迎えた。
 台所にはアツアツのが皿いっぱいに盛ってあった。

「今帰ったよ」

 しかし、返事は無かった。
 だが家の中を探すとすぐに見つかった。
 ずいぶん前に息を引き取ったらしい屍が。
 誰にも発見されずに寂しかっただろう。




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