(41)2000.12.1 $ 天敵 $ ある男がいた。 彼は日本でも、いや世界でもAAAクラスの霊能力者で、誰も敵 わない強力な妖魔を相手に闇夜の世界をことごとく制覇し、数多の 恐ろしい伝説を作りあげてきた男だ。 夜は彼の世界だった。 そんな男だがある日1人の少女に一目惚れしてしまった。 そしてその恋は幸運にも成就した。 しかし、 いかなる怪物に対し無敵を誇る男でさえも女という魔物にはてん で歯が立たない様で、 その後彼の夜の活躍を見る事はすっかり無くなってしまったとい う。 (42)2000.12.2 $ 待ちぼうけ $ 日の暮れた寒い冬空の下に1人の女が立っていた。 彼氏が来るのを待っているのだがなかなかやって来ない。 かれこれ2時間は経っている。 これだけの時間が過ぎても男を信じてけな気にじっと待っていた。 泣きそうな表情になっているのが痛々しい。 すると間もなく当の本人がやって来た。 彼女の苦労をねぎらうでもなく極めてお気楽な調子で。 「やあ、ごめんごめん。ちょっと色々あっちゃってね。 それで、すまないんだけど実は」 男はこれからどうしても行かなくてはいけない用事が出来たとか で今日のデートは中止にしてくれと申し出た。 とたんにがっかりうなだれる女。 男はさすがにひどく申し訳なさそうにしてなんとか彼女を説得し て機嫌を直してもらった。 で、別れ際に。 「まったく、いつまで待ってるつもりだったんだ。風邪でも引いた ら大変じゃないか」 まぁっ、と男の勝手な言い分にふくれてみせて女はしぶしぶ家に 帰った。 はたから見るとちょっとした痴話げんかの様な別れ際だった。 そして、女は帰宅してすぐ、 顔色を変えた母親に突然知らされた。 2時間以上前に彼氏が交通事故で既に亡くなっていたという事を。 男は待ちぼうけさせて風邪でも引かせてしまうのではないかと、 死してなお彼女の身を案じて最後の別れを告げに来たのだった。 (43)2000.12.2 $ ハメる $ 〃今夜も楽勝だったな。〃 薄明かりのホテルの一室で男は心の中でつぶやいた。 彼は歴戦のプレイボーイで今まで星の数ほどの女をたらしこめた 実力者だ。 今日もまた新しい女をまんまと落としてベッドインしたのだった。 「本当に私を愛してくれてる?」 腕の中で震えるうぶな娘の様に女がお決まりのセリフを言う。 男もまたいつもの様に答える。 「愛しているさ」 「でも、それは今夜だけでしょ?」 「いいや、今度ばかりは本気さ」 もちろん口からでまかせである。 だがこの場ではこう答えるのがむしろ礼儀だ。 女の方もそれは承知の上での質問だ。挨拶と言っても良い。 が、それは昨夜までの話だった。 男が答えるや否やホテルの照明がパァアと輝き、壁という壁が外 向きに倒れ、2人のベッドを取り囲むようにどこからともなく駆け つけて来た大衆が現れた。大衆は2人の姿が見えるとわあああと割 れんばかりの歓声と惜しみない怒涛の拍手の渦を浴びせかけた。そ して突如マイクを持った男が現れ2人の方に歩み寄り跳び抜けてす っとんきょうな明るい声で。 「いや〜たった今永遠の愛を宣言しましたね〜い♪」 と言いマイクを男に向けた。いや、ちょっと待ってくれ、と言う 隙を与えず司会の男は、それではご両親の方どうぞ〜と言って2人 の親を招き入れた。また満場の拍手。あれよあれよという間に結納 や式の日取りが決められて行く。 男は慌てふためき女と顔を見あわせた。だが女の顔つきは先ほど までとは違い獲物を捕らえた肉食獣のその笑顔だった。 超常現象と言ってもよいこの現状は男の理解の範疇を超えていた のだがこれだけは確かな事だった。 〃ハメたつもりがはめられた。〃 (44)2000.12.3 $ ひとつまみ $ 青年実業家として凄腕で有名な男の奥さんは意外にも大人しそう な目立たないタイプの女だった。 まだ2人が付き合っていた頃のある日のこと、 男は寝苦しくて夜中に目が覚めた。 ここは付き合っている女のマンションのベッドだ。 男がごそごそしていると、眠れないの?、と女も目を覚ました。 コロン、女は台所から1つ氷を入れて1杯の麦茶を持ってきた。 男はそれを受け取り口にした。 〃これは〃 その麦茶は僅かに塩の味付けがしてあった。 それは男が子供の頃に、暑い暑い真夏にいつも母親に入れてもら っていた麦茶の味だった。 男の胸に何か熱いものが込み上げてきた。 それまではこの女の事などハッキリ言って眼中に無かったのだが、 これが決め手となって結局男はその女と結婚してしまったのだ。 この青年実業家が今日の名声と富を手に入れる為には持って生ま れた才能とたゆまぬ努力、恵まれた運を駆使して数知れない修羅場 を潜り抜けて来たのだが、 女はその総てをたったひとつまみの塩で手に入れた。 (45)2000.12.4 $ 関西の愛の告白 $ 大阪太郎: 「好きや、好きやで、好きなんや。 …… どうも関西弁っちゅ〜のは愛の言葉をささやくのに不都合やな〜。 さりとてそこだけ標準語で喋っても変やし。まあ間違いなくギャ グと勘違いされるわ。 ああ、そういえばフランス語は恋人に話す言葉でドイツ語は馬の 鳴き声や言う奴もおったなぁ。は〜、どうせ関西弁はお笑いのラ ンゲージや。 ほんなら関西人は告ったらあかんのかいっ。 結婚しとる奴らはあれみんなギャグか。 って、んなことあるかい。(大阪秘技一人ボケツッコミ) なぁ、ほんまに、なぁ」 京都花子: 「いいええ。関西言うても、大阪と関西は別物ですよってに。 一緒にせんといておくれやす」 2人の恋は実らなかった。 (46)2000.12.5 $ 初夜 $ 柔らかい、意外と小さい、筋肉が無い、 これが、健太が初めて女性の理恵子に触れた時の感想であった。 柔らかい、意外と小さい、筋肉が無い、 そして、理恵子が初めて男性の健太に触れた時の感想でもあった。 (47)2000.12.6 $ かわいそうな生き物 $ コンパ前、先輩と後輩、男の会話。 「とにかく褒めちぎる事だ。これが基本だ。間違っても本当の事を 言うなよ。褒めて褒めて褒めちぎれ」 これがコンパで女を落とすまでの鉄則だと先輩に言われたので褒 めちぎりまくったのだが実際にそんな事を信用していた訳ではない。 いくらなんでも嘘をついてまで褒めたところで直ぐにいい加減な事 を言う奴だなと思われてかえって悪影響をもたらすだけだ。と、思 っていた。のだが、 なんと話は上手い具合に盛り上がってセイコウしてしまった。 まったくヤるだけの事はヤってしまってこんな事言うのもなんな んだが、最近の若い女ときたら何が本当の事だか理解できないのか。 刹那的な優越感で物事を判断してしまって、洞察とか優しさとかは どこ行った。 例えばきっと「生き物をかわいそう」だとか思うような心などは 無くなってしまったのだろうな。 コンパ前、先輩と後輩、女の会話。 「あのね、コンパでは男の方はきっと貴方の事を褒めちぎってくる と思うの。ううん、勿論そんなのヤりたいばっかりの口から出任せ よ。でもね、男っていうのはとても悲しい生き物なの。 そんなにまでしてしないとダメな弱い生き物なのよ。だからね。 もしなり振りかまわず貴方を褒めちぎってくる男がいたら1発くら いヤらせてあげなさい。 かわいそうだから」 (48)2000.12.7 $ 純愛 $ いつかは成りたい君だけのヒーローに。 私には中学の時からひそかに思い続けてきた女性がいた。 彼女は美しくて優しくてとても私などがまともに口がきける相手 ではなかった。 それなのに彼女は気持ちよく私に話しかけてくれたし、何かと気 を遣ってくれもした。 しかし当然、とても卑小で情けない私は告白など出来るはずは無 かった。 それから結局私は男子校に行き遠い大学に行った。 その間、私はそんな消極的な自分を変えたくて、努めて何事にも 積極的にチャレンジするようになった。 すると、頑張ってみればそれなりに思いもしなかった結果が出た り、私を慕って集まってくれる友人や後輩もたくさん出来た。 ああ、今ならあの人に告白ができるのに。 そう思っていたある日、 たまたま実家近くの本屋で彼女を見かけた。 何年も会ってはいなかったのだが私には彼女だと一目で分かった。 ああ、いつかは成りたかったんだ君だけのヒーローに。 彼女は見るも無残に体型が崩れ厚化粧の化け物と化していた。 (49)2000.12.8 $ いい人 $ ある放課後、 僕は同じクラスの女子に呼び出された。 いやがおうにも期待は高まる。 そして2人きりになった。 彼女は何やら恥ずかしそうにモジモジしている。 こ、これが、物語等で垣間見る告白されるっていう状態か〜!!! まさかこの僕にそんな時が訪れるとは!! 僕の気持ちはこの時最高潮に達した。興奮のるつぼだっ! 「あのね、聴いてくれる? 私××君の事が好きなの」 えっ「あなた」では無く「××君」?!?! 一瞬何を言っているのか分からなかったが、どうやら他に好きな 男がいるのだが相談に乗って欲しいという事らしかった。 こんな事あなたぐらいしか相談できる男の子がいなくって、とき たもんだ。 その後、最終的に僕はいい人を演じ続けなければならなくなった 事は言うまでも無い。 それから十数年後、キャバレーにて、 「ちょっと〜聴いてくれる〜。私ね〜、もうどうすることも出来な くっっってぇ〜」 こんなところにまでやって来て、僕は店員の悩み事等を聴いてい て、いったい何をやっておるのだろう。 (50)2000.12.9 $ めぐりあい $ 男と女は2人でお互いのアルバムを見ていた。 2人ともごく平凡な人生を歩んできたため、取り立てて目を見張 るような写真など1枚も無い。無難なだけのアルバムだ。 こんなものを観るくらいならドラマチックなエピソード満載の刺 激的なテレビジョンプログラムを観た方が100万倍マシである。 ただし、 愛し合う2人に限ってだけはその理屈は当てはまらない。 このありきたりなアルバムを観ながら、例えば、こんな事を思っ たりもする。 もしこの高校受験の時に1つ上の志望校に男が受かっていたら、 もしこのピアノの習い事をやめて女がバイトに専念していたら、 もし2人の生まれる時間がもう1年でも違えば、 もしこの広い地球上でたった1駅でも違う場所に生まれていたら、 こうして2人が出会うことは永遠に無かったはずである。 考えてみればこれは恐ろしく微小な確立の上に成立しているのだ。 極めて平凡に繰り返された2人の日常だが、このめぐりあいだけ は奇跡的と言っても良い出来事だ。 2人はいつまでも幸せそうに互いのアルバムを見ていた。 そして傍には新しい真っ白なアルバムが1冊。 |
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