(121)2001.2.19

$ 馬鹿は死ななきゃ直らない $

「ありがとうございました。何もかも先生のお蔭です」

 大学受験に成功したA君が職員室を出て行った。

「凄いですね。あの子初めは成績が学年最低だったのに結局は東大
に現役合格してしまいましたよ」

「ああ、昔こんな事があったんです」

・・・・

 ある日A君が校舎裏でカッターナイフを見てボーっとしているの
を私は発見しました。
 何があったんだと問いただしてみるとA君は成績が悪い事を苦に
自殺を謀ろうとしていたと言うのです。

「だって、先生そうでしょう。馬鹿は死ななきゃ直らないって言う
 じゃないですかぁ」

「ほんっとに馬鹿だなあ。お前は」

「う、うえ〜ん」

「違う違う。馬鹿は死ななきゃ直らないって言うのは実は間違って
いるんだ。正確には、馬鹿は賢くなるか或いは死ぬしかない。と言
うんだ。」

「……」

「お前、死ぬのは恐くないか?死んだらゲームもアニメも無いぞ」

「そんなの嫌です」

「だったら賢くなれ」

「で、でも。僕なんか皆より賢くなった試しが無いですぅ」

「いいや、今賢くなったぞ。さっきの、馬鹿は死ななきゃ直らない、
 って言うことわざの本当の意味を知っているのは先生とお前だけ
 だ。だから、おまえのことを馬鹿にする奴がそう言うたびにお前
 はそいつより賢いんだと思え。そして、もっともっと、みんなよ
 り色んな事を覚えて見返してやれ」

「う、うん。分かりました。ボクがんばてみます」

 ……

「てな訳でしてね。それからA君は物を知るということが面白くな
 ったんでしょうなぁ。諦めていた筈なのにあれ以来自信がついて
 勉強の虫に化けました。しかも受験勉強ではなく純粋な知識欲に
 基く本当の意味での勉強に目覚めたのです」

「ああ、そんなことがあったんですか。いい話ですねえ」

「本当に馬鹿とハサミは使いようとはよく言ったものです」



(122)2001.2.20

$ うどん $

 男の遥か眼下には激しく打ち寄せる波とゴツゴツとした岩場が
待ち受けている。この高く切り立った崖は普段見慣れている町の
景色とはまるで別世界だ。
 この一種現実感の無い雰囲気がこの世と縁を切るのに一役かっ
ているのは間違いないだろう。
 ここは自殺の名所なのだ。

 腹が痛いと言う客が出た。

 その飲食店はとても良心的な値段で体に良い材料を取り寄せて
客に出している。もちろん料理の腕も良い。
 しかしある日、1人の食中毒者を出してしまった。
 そしてその事は瞬く間に町に広まった。
 実はこの一連の事件は近くにある大手チェーン店の策謀だった
のだが確実な証拠が無い。
 患者が「腹が痛い」と言えば医者は診断書を書くのだ。
 店の経営が苦しくなったのと破格の慰謝料の請求やらで、もと
もと儲け主義では無く蓄えも少なかった店はたちまち大きな借金
を抱えるに至った。
 男は店の経営もそうだが誤解と濡れ衣でがんじがらめにされた
事の方で精神的にまいってしまい、気が付けばふらふらとこの岸
壁に足を運んでしまっていた。

「ああ、もう疲れた」

 男がいよいよ飛び込もうとしたその時、
 とても美味そうな匂いが漂ってきた。
 振り返ると斜め後ろの方に老人がうどんを持って座っている。
 そして、そのすぐ前には自分と同じようにうつろな眼差しを崖下
に向けている若者が。
 そのうち、その若者も老人のうどんの匂いに気付いたらしく、自
殺を中断して老人の方に目をやる。

「なんじゃなんじゃ、もの欲しそうな目で見よって」

 と、老人は若者に大きな声で言った。

「ふん、そんな目で見られたら食うもんも食えんわ。ほれ、1杯
やるから、そんな今にも死にそうな目でわしを見るな」

 若者は言われるがまま老人からうどんを受け取り一口食べた。
 するとどうだろう。今まで元気がなかった、というか死ぬしか
仕方が無いような雰囲気だった若者がみるみる元気になり、物凄
い勢いで汁一滴残さず食べて、一言元気に老人に礼を言うとさっ
そうと帰って行ってしまった。
 そのあまりに美味そうに食べる姿から、男もついあっけにとら
れてその一部始終に見入ってしまった。

「やれやれ、腹が減ってはロクな事を思いつかんもんじゃて」

 そうつぶやくと老人はギョロリと男のほうを向いた。

〃そんな馬鹿な、うどん1杯で自殺志願者を引き止めることが出
来るものなのか、いったいあの美味そうな匂いの基はなんなんだ。
作り方は、そうだ、この老人に作り方を伝授してもえないだろう
か〃

 この期に及んで男の料理人としての血が騒いだ。
 すると老人は総てを見透かしたように、

「おまえさんは自分で作れ」

 そう恐い顔で言うと、スゥっと消えてしまった。

 男はびっくりして危うく崖下に落ちてしまうところだったが何
とかふんばって持ちこたえた。
 そして、もう一度だけ、気を取り直して店の営業を再開した。

 ……

「おい、あれからあそこの食堂どうなったんじゃ」

「腹が痛いって客が、続出してるそうっすよ」

「な、なんじゃと」

「あんまり美味しくて食べすぎる客が後を絶たないそうっす」



(123)2001.2.22

$ バカは伝染る $

 秀志は和夫と腐れ縁で長い付き合いの友達同士だ。
 優等生の秀志に対して和夫はおっとりとした落ちこぼれである。

 ある日、優等生の秀志は市内の有名塾に通い始めたときに

「バカは伝染る」

 という自説に突き当たった。
 エリートのはずの自分がその有名塾では周囲の緊張した雰囲気に
馴染めずに違和感すら感じるのだ。
 秀志はその事を自分が和夫のペースに合わせている事によってい
つの間にか世間一般的な競争意識の枠から足を踏み外しているに違
いないと結論付けた。
 そう考え始めると秀志は落ちこぼれの和夫のスローな態度やお人
好しな考え方がとてもイライラするものに感じられ、いつしか距離
を置くようになった。
 そんな秀志がその有名塾で、ある女の子を好きになった。
 しかしその娘はズバ抜けて頭が良く成績は常にトップだった。

「私は自分より頭の悪い男には興味が無いの」

 美しくて頭の良い彼女のその一言の前に涙を流した男達は数知れ
ないと言う。
 が、秀志はついに勇気を出して彼女に告白した。
 ところが、実は同時期に告白をした男が他に4人もいたとのこと
で、彼女はある条件を出した。

「今度の試験で私より上、は無理でも5人のうちで1番の人となら
 試しに付き合ってみてもいいわ」

 そんなある日、その有名塾に和夫が入ってきた。
 落ちこぼれのはずの和夫がここの入塾テストに受かるはずはない
のだが、問い詰めてみると秀志について行きたい一心で懸命に努力
したというのだ。
 それでも当然の事ながら、そこでの和夫の成績は最下位で、落ち
こぼれの和夫は皆の優越感の種といじめの対象にしか成り得なかっ
た。

 ハッキリ言って今の秀志にはそんな和夫など邪魔者でしかなかっ
たのだが、あまりもの他の塾生達の酷い態度に我慢が出来ず、結局
和夫の勉強を見てやることになった。
 その結果、和夫の成績は上がったが秀志の成績は下がった。

「ああ、やっぱりバカが伝染っちまった」

 ますますもって自説の正当性を確信した秀志だが後の祭りで、他
のライバル4人とは大きく引き離されてしまった。
 が、だ。

「秀志君、お茶でもしない?」

 突然、例の彼女の方から秀志に声をかけてきた。

「他の4人はね、なんだか競争意識丸出しでギスギスしてんのよね。
感じ悪いって言うか。
 でも、秀志君はなんだかあいつらよりおっとり、って程でもない
けどちょっとお人好しと言うか、でも私なんだか貴方のそんなとこ
ろに惹かれるわ」

 バカもなかなか捨てたものではないと言う事か。



(124)2001.2.23

$ コンビニ $

 真夜中のコンビニに来る人間はどこか寂しげだ。
 皆が寝静まって死んだような世界で、暖かく迎えてくれる眩いば
かりの光に溢れた建物。
 実際コンビニの蛍光灯は普通の店よりもずいぶん明るい。
 その明かりに集まる徘徊者の一員である僕は、結局バイトとして
そこの従業員になり、今も社会へ出ずに暮らしている。

 僕の世界は自宅からコンビニまでの短い道筋だけだ。

 そんなある日、こともあろうに強盗に押し入られた。
 僕は大人しくレジからお金を出して犯人に渡す。
 こういう時には下手に抵抗せず相手を刺激しないよう言われるが
ままにして良いと言われている。
 死人でも出た日には店の営業が出来なくなるからだ。

 しかし厄介な事に、その強盗は金が足りないと言って店から出て
行かず、偶然そばにいた若い女性客に包丁を突きつけて金を要求し
だしたのだ。
 困った。この場合はどうしたら良いかマニュアルには書いていな
い。一応お客様の安全を第一に考えなければいけないのだろうか。
 それを怠った場合、僕は解雇されてしまうのだろうか。
 そしたら僕は唯一のよりどころを失ってしまうじゃないか。

 それは困る。

 そう思った途端、ほとんど発作的に自分でも信じられないような
力が沸き起こり、金属性のおでんの容器を持ち上げて後ろから犯人
の頭めがけて振り下ろしていた。
 犯人は強力な打撃と熱湯を浴び、卒倒した。
 その後間も無く警察が来て事件は解決した。

 これで僕の世界は守られた。

 また何事も無かったかのようにいつもの毎日が始まる。
 自宅とコンビニの間を往復する平和な日々。
 のはずだったのだが、
 頼みもしないのに思わぬ来訪者が僕の世界に割って入ってきた。

 現在僕の世界は自宅からコンビニまでの道筋以外に、あのとき偶
然そばにいた若い女性客のところにまで及んでいる。



(125)2001.2.23

$ まるでだめ男 $

 のび太はまだ良い。
 ドラえもんを抜きにしても沢山の仲間がいるし、庭付き一戸建て
の家に自分の部屋もある。射撃やあやとり等の特技もある。

 しかし、僕には何にも無い。
 まずルックスが良いとこ無しである。
 背も人並みに無いし、髪の毛も人並みに無いし、足の長さも人並
みに無いし、視力も人並みに無いし、鼻の高さも人並みに無い。
 家はボロアパートで、職を失ったばかり。
 無論彼女も無いし、出会うきっかけすら考え付か無い。
 良い事も楽しい事も思いつかない。
 かといって悪い事も思いつかない。
 やる気もなんにも無い。
 まったくここまで無い無いづくしも無いだろう。

 そんな僕だが、今日宝くじが当たってしまった。

 しかし、う〜ん、使い道も思い付か無い。



(126)2001.2.26

$ 凍てつきの女神 $

 ある森の中に凍てつきの女神が住んでいました。
 凍てつきの女神は皆から恐れられ嫌われてました。

 ある冬の日、
 大地に走った亀裂の中から黄泉の闇の精霊が現れました。
 黄泉の闇の精霊はこの世を闇で覆い尽くしてしまおうとたくらん
でいるのです。
 皆命がけで黄泉の闇の精霊に立ち向かいました。
 力の火の巨人、渡り沼の大蛇、霧と風の魔神、太陽の悪魔、、、、
 彼らは、知恵と力と勇気に自信のある者たちばかりでしたが、黄
泉の闇の精霊には歯が立ちませんでした。
 この精霊に傷を負わせることの出来る者は凍てつきの女神だけな
のです。
 生き残った者たちは凍てつきの女神のところにお願いに行きまし
た。ところが凍てつきの女神は片眉を上げてこう言いました。

「なぜ私がお前達のために戦わなくてはならないの?私は凍てつき
 の女神よ。心も体も冷たく冷たく凍っているの。誰の為にも動く
 つもりはないわ」

 最後の希望もついえて、皆絶望の淵に立たされました。
 その晩、凍てつきの女神は泣きました。

「おお、私はなんと心の醜い女なのでしょう」

 次の日、夜明けは訪れませんでした。もう黄泉の闇の精霊がそこ
まで迫ってきているのです。
 その時どこからともなく零度の声が鳴り響きました。

「おまえはこの世から立ち去りなさい」

 凍てつきの女神が黄泉の闇の精霊の前に立ちはだかったのです。
 黄泉の闇の精霊は一瞬たじろぎましたが、女神の姿を見つけるや
いなや恐ろしい勢いで向かって行きます。
 黄泉の闇の吐息で凍てつきの女神は視力を失いました。
 黄泉の闇のカマで凍てつきの女神は胸を切り裂かれました。
 黄泉の闇の火炎で凍てつきの女神は全身を焼かれました。
 それでも凍てつきの女神は戦うことを止めず、ついに黄泉の闇の
精霊を倒しました。

「ああ、これで良かったのですね」

 その後間も無く凍てつきの女神も力尽きて死んでしまいました。

 皆は自分の命が助かった事に喜びました。
 しかし誰も凍てつきの女神の死を悲しむものはいません。
 皆は昔から凍てつきの女神を恐れ嫌っていたのです。

 やがて、

 春が訪れ不吉の日々が忘れ去られた頃。
 森の中に新しく春の陽の女神が生まれました。

「ああ、暖かくて気持ちの良いこと」

 新しく生まれた春の陽の女神は片眉を上げて微笑みました。



(127)2001.2.27

$ 199907XX $

「おじちゃんなんだか悲しそうだね」

「ああ、悲しいんだ」

「どうして悲しいの?」

「、、、、どうしてだろうね」

「へんなの。
 はい、これあげるから元気だして。
 そのかわり元気になったら、今度は他に困っている人や悲しんで
いる人がいたらおじちゃんが励ましてあげるのよ」

 そう言うと少女は1つしか持っていない自分の飴玉を男に手渡し
た。その少女の屈託の無い笑顔に、男は信じられないものを見るよ
うな表情を浮かべて、たじろいだ。
 暑い夏の日のことであった。

 都市の開発が進み古い建物が壊されてゆく。
 人間の欲はどんどんと膨れ上がり、それを象徴するかのような高
い建物の連なりが街を覆い尽くしてゆく。
 空を見上げてもその視界の大半は摩天楼に覆い隠されてしまい、
 もはや都会では沈みゆく夕日を見ることは出来ない。
 コンクリートの質量は今まで大事にしていたものを壊してゆく。
 自然の風景、見慣れた街角、人の心。
 人類は繁栄と荒廃の道を同時に進んでいるのだ。

「どうしてお前はこんな人類の世の滅びの手を止めたのだ」

「私が手を下す必要は無いと思ったのさ」

「滅ぼされるのなら可愛そうだが、自ら滅んでしまうのはただ愚か
なだけ、か。お前はより残酷な方を選んだわけだな」

「あ、ああ、そうさ」

 本当は、人類の未来をもう少し見てみたくなったというわけなの
だが、恐怖の大王は自分がひょんな事がきっかけでそんな気分にな
ってしまったことを知られるのが恥ずかしいので適当にはぐらかし
た。



(128)2001.3.1

$ 愛のウサギ $

 懐中時計をぶら下げて 愛のウサギはひた走る
 ウサギがふりまく魔法の粉で この世に愛の花が咲く
 しかしみんなは欲張りで 次々愛を求めます
 どうせすぐまた飽きるのに 老いも若きも大騒ぎ
 純愛熱愛片思い 不倫三角浮気に二股

「ああ、もう疲れたよ」

 ある日ウサギは静かな森で 仕事をサボってひと寝入り
 うっかり開いた魔法の袋 中から愛の粉が舞い
 風に乗って散りました
 さあさあ世間は大騒ぎ 親近耽美ロリータ鬼畜
 とどまるところを知りません
「しまった」ウサギは大慌て しかしどうにもなりません
 愛の形は崩れ去り この世もとうとう終わりかと
 恐くなったウサギさん スタコラサッサと逃げました

 しかしナカナカわりかしマアマア
 みんなけっこう楽しんで 今でも盛んにやってます



(129)2001.3.2

$ 疑う心 $

 会社が倒産してフリーターになった。

 信じて働いていた会社が経営陣の汚職や怠慢で潰れて定職を失っ
たということが、自分でも気付かないうちにストレスとなっていた
らしく、最近どうも胃の調子が悪い。なさけない。我ながら。
 今は大きな工場の屋根の補修工事の仕事をしているのだが、胃の
調子は全く改善の兆候すら見せず、今の仕事が体力勝負であること
から、ますますまいっていた。

 ところで、
 この仕事場の連中は同じようにバイトや日雇労働者ばかりなのだ
が、この中にテツさんという中年男性がいる。
 ぼさぼさの頭に四角い顔で瓶底眼鏡をかけ古ぼけた衣服に運動靴。
 テツさんは良い意味でも悪い意味でも純朴で、仕事でも何かと面
倒な部分を押し付けられたりするタイプだった。
 自分には関係の無い話なのだが、そのお人好し加減や、のろまで
はないのだがどこか機敏さに欠くという動作などが、何故か、私に
は気になるというか、イライラさせられた。
 しかし、イライラするのだけど行動を共にする機会は多かった。
 我ながら不思議だなと思った。

 ある日の給料日、何人かで晩飯を食べに行こうという事になった。
 その時の事だ。
 テツさんを誘ったら、お金が無いから行けないと言う。
 何故給料日にお金が無いかな、と、テツさんに問いただしてみた
ら、A男がどうしても金に困っているというので全部貸してあげた
と言うのだ。
 A男とはバイトで来ている若いロン毛の青年で、勤務態度も素行
も良いとは言えない奴である。
 なんてことだ。テツさんは騙されたのだ。
 私はすぐに取り返した方が良いと行ったのだが、テツさんはみる
みる恐ろしい顔になって、

「本当だったらどうするだ」

 と私を責めた。何をされても怒るということをしなかったテツさ
んがこれほど恐い顔をするとは。
 しかし、テツさんが騙されている事はほぼ間違いない。
 私はこのあわれな田舎者を説得した。が、

「それでも信じるだ」

 そう言ってテツさんは聞かなかった。
 そしてますます恐い顔をして私を睨みつけた。
 な、なんなんだ。
 その四角い顔はまるで「人を疑うという私の心」を責めているか
のようだった。
 胃がキリキリと痛んだ。

 次の日からA男は仕事場に来なくなった。
 おおかたの予想通りテツさんは裏切られたのだ。
 いつの日かひょっこり金だけ返しに現れるとは考えられないだろ
う。

 そしてその次の給料日の事だ。
 B男が私に金を貸してくれと言い寄ってきた。
 B男はA男とよくつるんでいた奴だ。
 こいつら、今度は俺をカモにしようというのか。

「ンだと、コラァ」

 前回の件もあったので、私は我ながらイきすぎかと思うぐらい凄
みをきかせてB男に詰め寄った。

「い、いや、そうだよな。ダメならいいんだよ。ご、ごめんな」

 なんだ、ひるんだぞ。
 普段ふざけているくせに、きっと1度もとことんまで殴り合いの
喧嘩などしたことが無いというクチなのだろうな。

 が、しかし、だ。
 結局私はB男に金を貸してやった。
 浮かんだテツさんの怒った顔が私の背中を押したのだ。
 こいつが金に困っているというのは本当かも知れないと思ったわ
けではない、と思う。

 次の日からB男は仕事場に来なくなった。
 こちらもいつの日かひょっこり金だけ返しに現れるとは考えにく
いな。
 1度騙されるのはバカとは言い切れないが、それを見ていてまた
騙された私は大バカ者だ。我ながら。
 信じる者は騙される。と言う訳だ。こんなご時世では人を見れば
まず疑え、と誰もが言う。そしてそれは生き抜くためにはごく当た
り前のことだ。
「しかし、こんなご時世だからこそ「信じる」ということを大事に
しなければいけない。」
 などと言うのはマヌケな平和主義者のセリフだ。不正解である。
 そんなことは分かっているのだが。

 とりあえず胃の痛いのが直った。



(130)2001.3.2

$ 寂しい妖怪 $

 むかしむかし、
 あるところに妖怪が住んでいました。
 妖怪は独りの生活に寂しくなって人の姿に化けて山から町に下り
てきました。

 そしてそこで1人の少女と知り合いました。
 妖怪は友達が出来て嬉しくて舞い上がりました。

 ところで、その少女の身の上は不幸で貧しいものでした。
 それを知った妖怪は自らの妖能力を駆使して陰から少女の手助け
をします。
 妖怪の努力のかいあって少女はどんどん裕福になり生活も豊かに
なりました。
 しかしそれと同時に少女は色々と他の遊びを覚えて妖怪と会う時
間は無くなってきました。
 妖怪は自分が少女と会えないのは辛かったのですが、少女が幸せ
ならばそれで良いと思い、妖能力を使い続けました。

 そしてついにたくさん力を使いすぎた妖怪は少女の見てる前で変
身が解けてしまいました。

「キャァァア!! 化け物!!!!」

 たちまち人が駆けつけてきて妖怪を叩きのめしました。
 妖怪は悲しい目ですがるように少女の方を見ましたが、怯えきっ
た表情が返ってくるだけでした。
 妖怪は傷ついた体と心を引きずってそこから逃げ出しました。

 妖怪はもと来た山のふもとでうずくまって泣きました。

「何故だ。何故、何も悪い事をしていないのに、姿が醜いというだ
けでこんな酷い仕打ちを受けなければいけないのだ」

 しばらくの間泣きぬれていました。
 その時、うずくまっている妖怪の背後から誰かが近づいて来まし
た。

「妖怪さん」

 振り向くとそこにはあの少女が立っていました。

「妖怪さんごめんなさい。私すっかり気が動転してしまって貴方に
 酷い事をしてしまいました。
 ごめんなさい。本当にごめんなさい。
 もしかしたら、今までの不思議な出来事はみんな貴方のお陰だっ
 たのですね。
 どうぞ、私の家に来てください。一緒に暮らしましょう」

 少女は妖怪の傷を手当てしながら優しく言いました。
 しかし妖怪の姿にまだ馴染んでいない少女は、恐ろしくて震えて
います。少女は怯えながらではありましたが、やっとのことでそれ
だけのことを言ったのです。しかし、

「いや、私は山に帰るとしよう。ありがとう」

 妖怪はそう言うと少女を後にして姿を消しました。




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